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三鷹 八幡大神社
2008/09/19 16:20:17 ブログカテゴリ 日常 | 書庫 全般
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今日は私の社宅近辺の紹介をします。

私は東京の三鷹市下連雀という地名に住んでいます。三鷹市というのは時の将軍家、徳川御三家(尾張・紀州・水戸)の御鷹場(鷹狩り)であった事から来ています。

下連雀(しもれんじゃく)という由来は、江戸・3代将軍綱吉の頃、1657年に神田連雀村で起きた失火で焼け出された24人衆が、移住をさせられ開墾をしたことから「下」を付けた地名になりました。

東京事務所が神田ですから、何やらご縁を感じます。

さて、その24衆が土地の鎮守(守り神)を創建したいと幕府に申し出て創られたのが、紹介する八幡大神社です。社宅から歩いて、5分位の距離です。

神社には御祭神により系統があります、伊勢系・稲荷系・出雲系・愛宕系・住吉系・熊野系・・・「お伊勢参り」の三重県・伊勢神宮は日本の神の最高司令官「天照大神」が祭神として鎮座しています。

下連雀鎮守、八幡大神宮の御祭神は「應(応)神天皇」です。現在、実在した天皇として最古の人物とされている天皇です。次が仁徳天皇稜で有名な「仁徳天皇」です。

應神天皇がなぜ祭られるようになったかは定かではありませんが、生みの親である神功皇后の時代、この頃から朝鮮遠征で戦をしていました。西暦200年の時代ですから、この頃から日本は、大陸との戦を通して侵略を阻止していた事になります。

三朝征伐(百済・高句麗・親羅)の帰り、現在の福岡付近で生れたとされています。應神天皇が生れた時に赤子でありながら腕には「力こぶ」があり、戦うものとしての生まれ持った宿命があったからだとされていて、母の神功皇后と共に八幡神に付会され、皇祖神や武神として各地の八幡宮に祭られることになったとされています。

八幡神宮の総本山は大分県宇佐にある宇佐八幡宮です。

また、この應神天皇の出生には多くの謎があり父である仲哀天皇は父として「是に皇后、大神と密事あり」と言っている記述も記録として残っており、新しい王朝の始まりとされている時期でもあるとされています。

沖縄には本島・安里にある「安里八幡宮」です。沖縄本島には「琉球八社」がありますが、琉球八社とは、明治以前琉球国府から特別の扱いを受けた八つの官社で、波上宮・沖宮・識名宮・普天満宮・末吉宮・八幡宮・天久宮・金武宮ですが、安里以外は熊野系です。

どこも「武術・戦」というキーワードがあり、敵から守るという神社なのかもしれません。

さて、神社には神輿があります。八幡大神社にも神輿がありますが、これが凄い!現在はどうかわかりませんが、1994年版のギネスブックにも載った神輿です。重さは1.3トン、神輿に飾られている鳳凰の目にはダイヤが3カラット!両目で6カラットです。1億円をかけて創られたので当時、話題になったそうです。

ダイヤ扱ってるのでこれも何だかご縁だなぁ・・・など勝手に考えています。

地元・地区の鎮守必ずありますから、是非、足を運んでみてください。



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