チャイルド・ドクター
2011/12/03 01:54:05 |
日常 | こころがけの話し |
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同じ地球に住みながら、地球上のお金は日本を始め、ほんの一握りの国・地域に集中している。 その他の地域・国は「衣食住」はおろか、生きる事すら難しい所が多いのです。 世界最貧国となると、アフリカの国々の名前が多く出てくる。 アフリカ大陸は古くから先進国への資源供給元として、そこに住む人々には関心を持たず、忘れ去られ続けた。直接・間接的に私たち先進国の人々はアフリカをはじめ途上国からの恩恵を今も多く受けている。 知り合いから「チャイルド・ドクターになったんだ」と以前話しを聞いていた。そして、今日もその話になった。 この「チャイルド・ドクター制度」はその世界最貧国の1つケニアの「ミトゥンバ・スラム」に住んでいる赤ちゃんから日本で言えば中学生くらいの子供達の支援団体。このスラムに住んでいる子供達は劣悪な環境でゴミを拾って生計を助けていたり、充分な医療を受けていない子供達が多い。そして、障害を持って生まれてきたり、怪我が悪化して医療を受ける事が出来ない子供達をサポートしている。 毎月¥1,000の手助けで、車椅子やその子に必要な薬・医療をお金を渡すのではなく、実物を手渡ししたり、現地のシスターやスタッフが病院に連れて行くのです。 このミトゥンバ・スラムには20万以上の人が住んでいます。元々住んでいた場所は資源の採掘場所や原油パイプラインが敷設され住む場所が無くなった家族、そして、近隣の国々から紛争で逃げてきた人々で溢れている。 生きる事が困難な人が、この地球上にいるのだ。今日という1日を越すのが難しい人々が多いのです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 上の画像は、それぞれの子供達がチャイルド・スポンサーが決まり、手続きをした時の画像だ。嬉しそうだよね。 申し込みから2ヶ月くらいの間、どの子供のスポンサーになってもらうか現地のスタッフがスラム内を回り、決定すると、その子の写真が送られて来ます。 そして、その子が成長するまで医療面をサポートをしていく事になります。この間、通訳を通して子供達とメールでやりとりが出来て多い時は現地から月3回連絡が入ることもあるそうだ。 同じ地球上で手を差し出してあげたい子供達はあまりにも多い。何とかしてあげたいと思うだけでは何ともならない。この子達には僅かばかりのサポートかも知れないけど、きっと、立派な大人になった時、人の優しさを知っている人物になるはずだ。 そして、彼ら彼女達からサポートの輪が広がっていくはずだ。 チャイルド・ドクターHPです。是非、覗いて下さい。 http://www.child-doctor.org/ 子供の笑顔は私たち大人の宝物だ。そこには国境は無い。 トラックバック(0) |
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優しさの力
2011/12/01 20:46:28 |
日常 | こころがけの話し |
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調べ物をしていて、ふと、目に入ったお話し。 主人公は学校の先生。担任している男子児童の態度に教育者としてもどうしたら良いか悩んでいた時のお話し。その当時、この先生は不潔でだらしの無い少年で、疎ましくも思うほどだったそうです。 以下、全文拝借。 五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。成績表の中間記録に少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。 ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。 「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。 勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。そう思った。 二年生になると、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。 三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」 後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり・・・ 四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」 先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。目を開かれた瞬間であった。 放課後、少年に声をかけた。 「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?分からないところは教えてあげるから」 少年は初めて笑顔を見せた。 それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて手をあげた時、大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始めていた。 クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。 先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い! きょうはすてきなクリスマスだ」 六年生では少年の担任ではなくなった。 卒業の時、少年から一枚のカードが届いた。「先生は僕のお母さんのようです。そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」 それから六年。またカードが届いた。 「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」 十年を経て、またカードがきた。 そこには出会えたことへの感謝と父親に叩かれた体験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。 「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、 神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生の時に担任してくださった先生です」 そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。 「母の席に座ってください」 と一行、書き添えられていた。 たった一年間の担任の先生との縁。その縁に少年は無限の光を見出し、それを拠り所として、それからの人生を生きた。ここにこの少年の素晴らしさがある。 人は誰でも無数の縁の中に生きている。無数の縁に育まれ、人はその人生を開花させていく。大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。 こう締めくくられていました。 なんだか、ハッとする話しでした。 何気ない行動や言葉の力の底知れない力を感じます。そして、そこの一筋の僅かばかりの光でも、そこに向かって行く人の心の逞しさも感じます。 慈しむように周りを見渡すと、全てが優しい光に見える・・・・そんな感覚になりませんか? この少年は差し出された僅かな光を頼りに可能性を開花、努力し成長した。日本のどこかで立派な医者として活躍しています。 人には誰にでも、年齢に関係が無く、無限大の可能性があるのです。 何気ない事が周りに勇気と希望を与えるのです。素晴らしい事ですね。 ますます感じます。生きてる事こそ感謝だ。 ![]() トラックバック(0) |
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八幡さん
2011/10/07 17:44:04 |
日常 | こころがけの話し |
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私の東京の拠点は三鷹市下連雀。ここに八幡さんと呼ぶ私なりの氏神さんがある。よくこのブログでも紹介するトコロ。 今年山門も完成し、一段と風格が出てきた。私のお賽銭のお陰だ・・・ウソウソ。 ![]() 山門から本殿を見ると、こんな感じ。 ![]() 境内の御神木の「スダジイ」という樹木。どんぐりを付ける木と言えば「ああ」と言われる木だ。沖縄ではイタジイと言われるのが多い。屋久島にもニョキニョキと大木が沢山ありました。 ![]() 私は、神社に詣でるときに個人的な「お願い」はしません。 「いつも有難うございます、感謝、感謝、本当に有難うございます。また頑張ってきますので、私にご縁のある方々全てが心穏やかに過ごせますように・・・」 出張先でお邪魔する神社やお寺では、自分の名前と住所を言って、「本日はこのようなご縁を頂き、お邪魔させていただいています有難うございます。」 「家族が幸せでありますように」とか「仕事がうまくいきますように」などとは言いません。 これは逆に言うと、「ウマくいっていません」と宣言しているようなものだと私は考えるからです。 バカボンのパパではないけれど「これでいいのだ!」と思う毎日を積み上げていったほうがよっぽど気持ちが良いもんだと思うのです。 人は生まれた瞬間に、体の臨終に向け時計が動き出します。目をつぶり目を開ける行為を人間80年の体の寿命なら簡単な掛け算ですが、365日×80年=29,200回繰り返すだけで土に戻っていきます。 朝と夜をたったの「29,200回経験するだけ」で、今回の体のバッテリーは無くなってしまうということです。80年ならですよ・・。 そんな毎日を繰り返すなら、前向きとは私は言いません、「前向き」とは私はネガティブ用語と捉えます。なぜなら、前向きは現状打開のために「義務」的に使う言葉と思うからです。 今日という時間を終えるとき、「よく頑張った!これでいいのだ!」と思うほうがいいのだ。 そんな毎日を繰り返しながら、「これでいいのか?まだいい方法はないのか?」と試行錯誤していく方が、心的にベターだと思うのです。 昨日、アップルの創業者スティーブ・ジョブスCEOが亡くなった、ちょうど鹿児島から飛行機に乗ろうとしたときにテレビの速報で目に入ってきた。 シリアの政治学者と大学院生の間に生まれ、養子に出され、大学も中退しコーラ瓶を売って生計を立てるなど決して「一般的」に順風なスタートとは言えない。しかし彼にはそれが「普通」だったに違いない。もともと、ITでの成功を目指していた彼は他人とは違う視点が備わって来たに違いない。 全米のゲーム機の修理をしながら放浪の旅をするなど行動力も備わっていた。 彼が17歳の時に出会った「禅」の英訳の本が彼の行動基準を決めたそうだ。 毎朝起きると鏡に写った自分を見ながら「今日これからやろうとしている事は本当に正しい事だろうか?」と問いかけたそうだ。そして20代にして、億万長者になった彼は更に革新を求め続けた。 ![]() 彼が毎日行う自己問答がやがて、世界を変える発想を提供し続ける事になるのです。 そして、アップルからの事実上の追放を受け10年間、彼なりの行動をし続け、10年後にアップルに復帰。彼のアイディアは倒産寸前のアップルを見事に復活させ、今年8月にはアメリカ国内での時価総額資産No.1になった。 そのアップルからの年間報酬は「1ドル」。 ![]() 彼は、人間の全ての分野のコミュニケーション方法を劇的に変革させた人物だ。世界各国で広がっている民主化運動も彼の技術がベースだ。彼のアイディアをベースに更なる変革が進んで行くに違いない。 彼は次に何をしようと思っていたのだろう。 次、再びこの世に舞い降りる時、人々の生活を変化させる「驚き」を持ってくるだろうな。 ご冥福を。 トラックバック(0) |
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福島での出来事・・・
2011/07/27 18:58:02 |
日常 | こころがけの話し |
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朝のテレビを何気なく見ていたら、福島の小学生兄弟が毎日復興作業車の通る国道沿いに立って、警察車輌や自衛隊車輌に手を振る続けている・・・と取材を受けていた。 ![]() 手を振られた警察車輌の警察官は敬礼や手を振り替えし、パトカーのスピーカーからは「お早う!」と声が掛かる。自衛隊は手を振り、笑顔を向けている。。。 機動隊や自衛隊の隊員達は派遣最終日に車から降り、握手と記念撮影をしていくそうだ。 兄弟の部屋には、各部隊からの記念品やメダルが多く飾ってある。 雨の日も晴れの日も、学校に行く前と帰宅してからのそれぞれ1時間、復興支援に携わる車輌に手を振り続けていたのです。3ヶ月間。 このごろ、復興車輌が減ってきていて「少し、寂しい・・・」そうだ。 「でも、福島が元気になっている証拠」と笑顔。 弟の男の子から自発的に始め、お姉さんが続いたそうだ。 「将来は人を助ける仕事をしたい」と胸を張り純粋な気持ちで、明日も手を振るのです。 あまりにも純粋な気持ちで、見ていて背筋が伸びる感覚を覚えました。 日本はやっぱり大丈夫だ。心配ない。 トラックバック(0) |
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マザー・テレサの言葉
2011/04/28 21:37:49 |
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気にすることなく、人を愛しなさい。 あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。 気にすることなく、善を行いなさい。 目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。 気にすることなく、やり遂げなさい。 善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。 気にすることなくし善を行い続けなさい。 あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。 気にすることなく正直で誠実であり続けないさい。 助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。 気にすることなく助け続けなさい。 あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。 けり返されるかもしれません。 気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。 気にすることなく、最良のものを与え続けない。 あなたは、あなたであればいい。 今日は、東日本大震災の49日・・・・ トラックバック(0) |
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